理研が生成する多種多様な研究データの整理、統合およびデータ利活用促進に資する情報基盤実現に関する技術開発を推進します。具体的には、知識ベースを含む基盤技術開発を行いつつ、集積された研究データに付与するメタデータに関する研究開発、メタデータの知識ベースとしての集約・体系化、および研究室に対し関連する技術やツール類の提供・支援を行います。さらには理研の研究者と連携して、自然科学の分野を問わず知識ベースや最新のAIの成果を活用したオープンサイエンスを実践することで、データ科学時代を世界的にリードし、科学技術イノベーションの創出に貢献します。
ユニット概要
研究主分野
情報学
研究関連分野
研究キーワード
ユニットリーダーインタビュー
科学の「知識の地図」を描く
~メタデータ×AI が紡ぐ、分野横断の研究基盤~
物理学的思考から「知識構築」へ
私は、大学の学部では物理学を専攻していました。物理に限らず自然科学の研究では、複雑な現象を扱うときほど、まず対象をどう定義し、何を変数として切り出し、どんな条件・単位・仮定の下で得られた(測った/計算した)データなのかを明確にします。ここが曖昧だと、データの比較や再現、検証が難しくなります。こうした「定義・条件・不確かさを押さえたうえで検証する」という姿勢は、データや手続きを扱うプログラミングや情報科学にも通じるところがあり、私が情報の世界へ関心を広げていく上で大きな土台になりました。
理研でまず取り組んだのは、ライフサイエンス分野のデータベースや検索エンジンの構築でした。研究を進める中で実感したのは、ライフサイエンスのデータは種類も表現も非常に多様で、同じ言葉でも意味や粒度が異なることが少なくない、ということです。そこで私は、“物理の流儀”で言えば座標系や単位系を揃えるのに近い発想として、データに意味と文脈を与えるメタデータ、概念の定義と関係を揃えるオントロジー、それらを機械可読な形で共有・連携させるセマンティックWebの技術に取り組むようになりました。分野や研究室が異なっても、データを正しく理解し、つなぎ、再利用できる状態をつくるためには、こうした「意味」と「構造」が不可欠だと考えたからです。
ここで私たちが「知識化」と呼んでいるのは、単にデータにラベルを付けて整理することではありません。メタデータによって来歴や条件を明確にし、オントロジーによって概念の揺れ(同義語・粒度・分類)を揃え、セマンティックWebの枠組みでデータ同士の関係を機械が追える形で表現する——そうして、データを横断的に検索・統合・再利用できる「知識ベース(知識グラフ)」として扱える状態にすることを指します。ユニット名の「データ知識化」は、まさにこの考え方を中心に据えています。
そしてAIが普及した今、この重要性はむしろ増しています。生成AIやLLMは柔軟で直観的な対話が可能で、研究者の曖昧な問いを受け止め、言葉で整理して返す力に優れています。一方で、科学の現場では「その結論はどのデータに基づくのか」「条件が違うデータを混ぜていないか」「出典や来歴は何か」といった点が決定的に重要であり、根拠が曖昧な回答や、もっともらしい誤り(ハルシネーション)は大きなリスクになります。だからこそ私たちデータ知識化開発ユニットは、セマンティックWebが支える、人間の合意に基づく形式知(定義された概念と関係)と、LLMが得意とする言語的な柔軟さを統合する立場を取っています。オントロジーに基づくセマンティックWebは、研究領域の共通語彙や定義の拠り所、いわば「辞書」として機能し、AIが参照できる検証可能な根拠を提供します。
具体的には、LLMをフロントエンドのインターフェースとして用い、その背後で、セマンティックWebや知識ベースから正確な情報を検索・参照して回答するRAG(Retrieval-Augmented Generation)の考え方を重視しています。ユーザーの曖昧な問いかけをLLMが受け止めつつ、厳密なメタデータとオントロジーに基づいて「何を指しているのか」「どの条件のデータを参照すべきか」を整理し、根拠に基づいた情報を返す。こうした設計によって、AIは単なる会話相手ではなく、研究者が必要なデータや知見に到達し、比較・統合・再利用を進めるための、信頼できる探索のパートナー(エージェント)になり得ると考えています。
AIの時代だからこそ、土台としての「意味」と「構造」を整え、分野を越えてデータがつながり、再利用できる状態を作ることが、研究を加速する鍵です。私たちはその基盤を、メタデータとオントロジー、そしてAIの実装を組み合わせながら、現場とともに築いていきたいと考えています。
「研究データが自ら語る」——科学の未来を拓く、良質な研究データの創出
現在、理研では全分野横断的プロジェクト「最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)」が進められています。その中で当ユニットは「データ共用基盤」として参画し、良質な研究データの集約・共有・利活用を促進するため、分野横断的な情報環境の整備に取り組んでいます。ここでいう「良質なデータ」とは、適切なメタデータが付与され、実験条件や生成過程、来歴をたどれるものです。つまり、データとメタデータを見れば背景や前提が分かり、他者が安心して再利用できる状態を指します。
研究データは、作成した本人や同じ研究室の中では暗黙の前提で扱えてしまう一方、時間が経ったり、別の分野・別の研究者が扱ったりすると、条件や文脈が分からず再利用が難しくなります。例えば、測定対象や単位、装置・手法、前処理、サンプル条件、解析条件、品質指標、ライセンスや利用制約といった情報が欠けていると、データの来歴や解釈の前提が不明確となり、研究において信頼して利用できるデータにはなりません。メタデータを付与することは、こうした背景情報を明示して「他者が正しくデータの来歴と前提条件を把握し、研究のために安心して使える状態」にするための基盤整備であり、データを“その場限りの成果物”から“継続的に価値を生む研究資源”へと変えるために不可欠です。
このように、メタデータを付与する行為は、単なるデータの整理・整頓ではありません。研究で暗黙になりがちな前提や条件を言語化し、知見を他者と共有・再利用できる形に記述する作業です。さらに、知識化の観点では、「同じものは同じもの、同じ概念は同じ概念して扱える」状態をつくることが重要になります。すなわち、分野ごとに揺れやすい用語や粒度をオントロジーで揃え、同義・上下位・関連などのデータ間の対応関係を明示することで、データを“点”ではなく“つながり”として扱えるようになります。
メタデータを集約・統合するには、標準化されたメタデータ項目や、分野横断的に共有できる概念・語彙をあらかじめ定義し、各分野のメタデータを対応付けて活用することが重要です。さらに、メタデータ同士の関係を定義することで、異なる分野のメタデータをつなぎ合わせ、統合的に扱えるようになります。こうして分野のデータが共通の語彙や形式でつながることで、これまで断片として存在していた成果を横断的に俯瞰できる「知識の地図」が立ち上がります。私たちは、研究現場で生まれるデータから公開データまでを一貫したメタデータで結び、誰もが必要な知見にたどり着き、根拠を確認しながら利活用できる基盤の実現を目指しています。
求める人物像:研究者を支える信念と、知の多様性
当ユニットでは、特定のプログラミング技能の有無以上に、「研究者の活動を支える」という姿勢と、多様なバックグラウンドを持つ人材を歓迎します。当ユニットの主な役割は、自ら研究データを生み出すことではなく、すでに研究を進めている研究者がデータを整理・統合し、利活用できるように支援することにあります。情報学の方法論を一方的に適用するのではなく、研究DXとして研究現場にとって何が価値となり、何が研究活動の助けになるのかを第一に捉え、対等な立場で議論しながら課題を解いていく姿勢が求められます。
また、必ずしも自然科学分野の研究経験は前提としません。過去には、自然科学以外の分野で実務に携わる方が、自身の領域の知識をAIで扱うための基礎を学ぶ目的でサマースクールに参加された事例もあります。情報学、物理学、生命科学に加え、人文学や博物館学など、多様な領域の知見を歓迎します。学術全般への関心を持ち、その世界観をデータとして正確に記述することに意義を見いだせる仲間とともに、AI時代の新しい科学の情報基盤を築いていきたいと考えています。
小林 紀郎(D.Eng.)
ユニットリーダー
専門は知識工学、Web 分散処理。筑波大学工学研究科電子・情報工学修了、博士(工学)。国立研究開発法人理化学研究所情報基盤センター上級センター研究員などを経て、2019年より現職。
主要論文
- Kobayashi, N., Kume, S., Lenz, K., and Masuya, H.: "RIKEN MetaDatabase: A Database Platform for Health Care and Life Sciences as a Microcosm of Linked Open Data Cloud" International Journal on Semantic Web and Information Systems 14(1), 140-164 (2018).
- Morita, M., Shimokawa, K., Nishimura, M., Nakamura, S., Tsujimura, Y., Takemoto, S., Tawara, T., Yokota, H., Wemler, S., Miyamoto, D., Iken, H., Sato, A., Furuichi, T., Kobayashi, N., Okumura, Y., Yamaguchi, Y., and Okamura-Oho, Y.: "ViBrism DB: an interactive search and viewer platform for 2D/3D anatomical images of gene expression and co-expression networks" Nucleic Acids Research 47(D1), D859-D866 (2019).
- Yamaguchi, A., Kozaki, K., Yamamoto, Y., and Kobayashi, N.: "Semantic Graph Analysis for Federated LOD Surfing in the Life Sciences" The 7th Joint International Semantic Technology Conference (JIST), LNCS 10675, 268-276 (2017).
- Kume, S., Masuya, H., Maeda, M., Suga, M., Kataoka, Y., and Kobayashi, N.: "Development of Semantic Web-based Imaging Database for Biological Morphome" The 7th Joint International Semantic Technology Conference (JIST), LNCS 10675, 277-285 (2017).
- Dumontier, M., Gray, AJG., Marshall, MS., Alexiev, V., Ansell, P., et al.: "The health care and life sciences community profile for dataset descriptions" PeerJ 4:e2331 (2016).
- Kobayashi, N.: "Bio-medical entity prioritisation based on literature with Semantic Web annotations" BMC Proceedings 9(5):A6 (2015).
関連リンク
メンバー
| 役職 | 氏名 |
|---|---|
| ユニットリーダー | 小林 紀郎 |
| 上級研究員 | 桝屋 啓志 |
| 特別研究員 | RANGEL Julio C |
| 技師 | 加藤 雅樹 |
| 技師 | 野本 昌子 |
| 客員研究員 | 武田 英明 |
| 客員研究員 | 山本 泰智 |
| 客員研究員 | 福島 敦史 |